虹色の彼方
僕は画面を切り取る。 日常の総て、僕の記憶から剥がれ落ちない様に。 僕の鞄には、銀色の鋏が潜んでいる。 極彩色に囚われて、僕の瞼は色彩に支配されていた。 パチン。 「赤みが足りないね。」 日向子がぽつりと言った。 「青くしたいから。」 僕は切り取った現実を、部屋のまだ真白い部分に留めた。 僕と日向子の暮らす此の部屋は、規則正しい正方形をしていた。 「この部屋にします。いいよね?」 「うん。」 暮らし始めて半年が経った頃、日向子が僕に言った。 「部屋にもっと、色を頂戴。」 「色?」 「そう、目が回る位の色。囲まれていたいの。」 「………。」 僕はこの部屋の、真白い壁が好きだった。 窓硝子に反射した光が射し込んでは揺らめく。 其の不規則な動きが壁に。 「…わかった。」 僕は日向子に返事をした。日向子は安心したかの様に微笑んだ。 白い壁。白い床。白い家具に、白い外。 其れ等がアンバランスな色彩に犯されていく。 只、無機質に。 僕は途方に暮れた。あの美しい白は、もう何処にも居ない。 「…日向子、此れ如何したの?」 「足りなかったから足したのよ。」 あっさりと日向子は答えた。 部屋の中の音が消えたみたいだった。 虚無感に襲われた。 「有れを採って、帰りたい。」 「いいよ。」 パチン。 「日向子、此れ如何したの?」 「邪魔だから捨てたのよ。」 僕には日向子の欲求が理解出来なかった。 「如何して?」 日向子は柔らかく微笑んだ。 「だって、要らなくなったんでしょう?」 何時の間にか、質問は僕に弾き返されていた。 「…僕は、そんな事…」 「欲しくなったら又、今度、採ってくればいいのよ。」 日向子の言葉に、僕は頭の中が衝撃を受けた。 「…簡単に言うな。」 僕は日向子に始めて口答えをした。 日向子は何時もと何も変わらずに僕に優しく言った。 「貴方が、青くしたいって言ったのに。」 パチン。 パチン。 「さあ、出来た。」 此の部屋に、日向子はもう居ない。 此の部屋に、僕はもう居ない。 此の部屋は、もう白くない。 混ざった色は灰色だった。 間違えた。間違えた。 きっと、色が…。 きっと、壊れてしまったんだ。 何処か僕等は目の前を、只、只、傍観していて。 日向子は利口だった。 けれど壊れていたんだ。 僕は間抜けだった。 けれど、僕は。 「奇麗だね、奇麗だね。」 この部屋は時期に赤くなるだろう。 僕の中に虹色。 僕の掌に銀色の鋏。 僕の胸の中には、奇麗な日向子。 日向子の中に、赤い赤い空洞。 反射する光が奇麗だった。 それを只、眺めていた。