アシンメトリー(仮)
1.水中アシンメトリー この惑星は、今から180年前に地表の約98%が水に覆われている事となった。 歴史には、僕達人類が歩んできた崩壊の歴史が残っている。 その時代に繁栄していた主要エネルギーの膨張と、急激なオゾン層破壊の増加分子を止める事が出来なかった人類は、 隠れる事も逃げる事も出来ず、滅亡の一途を目前にしていた。 だが、世界中の科学者達が生活空間を水の中に移す事が可能である事を発表し、今まで陸地で生活をしていた人類は、 かろうじて最後の陸が惑星から沈む前に水中に移住し生き延びる事ができたのだった。 そうして今の僕達の生活がある。 「180年前の化石エネルギーかぁ・・・。トレジャーだな。」 水図書館で、分厚い図鑑を真っ二つに広げながら、小麦色の肌をした少年がぽつりと呟いた。 ・・・つもりだった。根っから元気が溢れ出る様な姿の少年は、声が大きい。 「何が、トレジャーだ。ばかたれ!」 ぽこんっと、少年の頭を教本で小突いたのは、大きな鼻に細い三角の眼鏡を下げた白髪の初老だった。 「いって!トワ先生っ、〜っっ、人の行動を見張らないで下さいよ〜」 小突かれた後頭部を両手で押さえながら、上目遣いで少年は背後に立つトワを睨んだ。 「うほぉっん!何を言うとるか!誰もお前なんぞ見張らんわい。イクト(幾斗)は声が大き過ぎるんじゃ。」 ちぇっ、と小さく(つもり)ふて腐れた幾斗は、目の前の分厚い図鑑を勢いよくバタリと閉じた。 「古代エネルギーはな、只単純に"化石燃料"と思ったら大間違いじゃよイクト。・・・あんな物、万が一発見され掘り返されたら、 この惑星はおかしくなってしまうじゃろう。興味を持つな・・・、まぁ、それ以前にお前にゃあ無理じゃ。フォフォフォ!」 しわがれた声で笑いながら、トワは幾斗の頭を更に数回軽く教本で叩いた。 ぽこぽこと音を立てる頭を、片手で振り払いながら幾斗はトワに言った。 「・・・別っに、掘り返そうだなんて思ってないけど、実際あんのかなーって思っただけだよー。」 「そりゃあ、ある事にはあるんじゃろうて。何せ歴史様がそうおっしゃってるのじゃからのう!フォフォ」 「ふーん、あるんだぁ・・・。・・・やっぱり・・・。」 単純なやわらか頭の幾斗は、根拠のないトワの言葉をすっかり真実だと思い込んだ。 そうして、トワには気づかれずに、瞳をキラキラ輝かせていたのだった。 「父さぁーーーーーんっ!!」 「幾斗!少し見ない間に、また大きくなったか?ハハハ!」 軍専用空港で、走り寄った幾斗を抱きしめた。逞しい腕には、軍服の上から空軍司令官の腕章が付いている。 「父さん、髭伸ばしたの?・・・母さん、何か言わない?」 大きな胸から離れ、父親の荷物を持ち上げてながら幾斗は言った。 「・・・うむ、言うかもしれないし、言わないかもしれないぞ?私は気に入っているのだがね。」 少し眉毛を上げて笑顔を見せながら、父親はその顎と口に揃えた髭を指でなぞった。 「うん!俺も!いいと思う!父さん、渋くなっていい男に見えるもん!」 「!・・・おいおい、それじゃあ今までは"いい男"じゃなかったか?」 「アハハ!どうだろう〜?母さんは未だに父さんにベタ惚れなんだからいいんじゃない?」 「うむ・・・。土産も買ってあるしな。では早速愛妻の元へ帰るとするか!何せ4ヶ月振りだ。」 そう言って、幾斗と父親は空港を足早に後にした。 「おかえりなさい、あなた。おかえり、幾斗。お父さんの荷物、持ってあげたのね?いい子。」 綺麗に洗いあがったエプロンを白く輝かせて、帰宅した2人を母親が玄関で迎えた。 幾斗から荷物を預かり、軽くキスをした後、母親は4ヶ月振りの帰宅になる父親とハグをしキスをした。 「ただいま。カエラ、私の留守の間に問題はなかったかい?」 家の中には既に、夕飯のいい匂いがたち込めている。幾斗は2人を素通りしてキッチンに向かった。 「ええ、大丈夫よ。私が寂しがった以外はね?ふふ・・・」 「そうか、ならいいんだが・・・。私の仕事で少し良くないニュースを聞いたものでね。」 部屋で軍服からの着替えを手伝ってもらいながら、父親は愛妻カエラに伝えた。 「まぁ、瑛末(エイスエ)が心配するような事って相当なのかしら?」 「・・・いや、あくまでまだ噂の話ではあるがね。心配って言う程じゃない。何も無かったのならデマだったのだろう。気にするな。」 着替えの終えた瑛末は、カエラに優しくキスをすると微笑んで更に言った。 「この髭・・・どうかな?」 「ふふふ・・・今丁度私も、聞こうかしらって思っていたのよ?素敵なお髭はどうゆうおつもり?」 「・・・気に入らないかね?」 「ふふふ・・・初めて見た時から既に気に入ってますわ?素敵ね。」 「ありがとう・・・。君にそう言って貰えてやっと安心したよ・・・」 瑛末が、笑顔を見せながらリラックスをした風に肩で呼吸をした時だった。 キッチンの方から、幾斗の小さな悲鳴と同時に金属製の皿が床に落下して、がなりを立てている。 「!まぁ、幾斗!?」 ふう、と深い溜息を付いた父親は、カエラに向かって苦笑いした。 「本当に私が居なかった間は無事だったのかね?」 そう言って2人は、音のしたキッチンへ向かった。 「えへへ・・・。・・・母さん、ごめんなさい・・・。お皿ひっくり返しちゃった・・・。」 キッチンに辿り着くと、そこには夕飯のおかずの"からあげ"が散らばっていた。 そばにはそれを串で拾って皿に戻そうとしている幾斗がバツ悪そうにしている。 「・・・んーもう!幾斗ったら!つまみ食いしたのね?」 「・・・ごめんなさい。お腹が減って我慢出来なくて、1個位いいかなって・・・。そうしたら熱くて・・・ごめんなさい・・・」 一指し指を庇う様に、串で"からあげ"を拾っている幾斗を見て、母親が呆れた。 「あたりまえじゃない、さっき揚げたばかりなんですもの・・・もう・・・幾斗ったら・・・」 その様子を少し離れて見ていた瑛末が、カエラの肩を抱きしめて言った。 「まぁまぁ、カエラ。・・・幾斗、火傷はしなかったか?」 「・・・うん、平気・・・。びっくりして落としただけだから・・・」 しゅんとしながらも、黙々と最後の"からあげ"を拾い終わった幾斗は、拾ったもののどうしたらいいのかと途方に暮れて皿を見つめていた。 「・・・幾斗、火傷してるでしょ?お薬付けてあげますから、手をうんと冷たい水で冷やして、洗ってらっしゃい。」 「・・・うん、母さん・・・」 ドキッとした顔で小さく頷くと、パタパタとキッチンを走り去った。 「・・・まったく。いつまでも子供ね?幾斗は・・・」 溜息まじりに苦笑いをしながら、母親は床を拭き始めた。 「ハハハ、そうさ、子供だよ私たちの」 嬉しそうに瑛末は笑って、薬箱を取りに行った。 落下したおかずは、父親と幾斗で残さず全部食べた。 2人は『もったいないから!』の一点張りで母親が捨てるのを許さなかった。 久々の一家団欒で囲む、楽しい夕食が終わり、父親からの土産話もそこそこに、幾斗は休む事にした。また明日、続きを聞く為に。 空は真っ黒に明日を待っていた。
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