弐拾壱型。
Act.1 出逢い 物語は始まる。 静かな郊外が私の新生活の舞台。小さな駅がある。静かな大学がある。 そこが私を奴と出会わせた。まさか、な生活の始まりの舞台。 念願叶って始めた一人暮らしの部屋の近くには、可愛くって素敵なカフェがあった。 そのカフェから左程遠くない処に建つ大学に、私はこの春から通っていた。 大学に慣れてきた頃には、余り多くは無いが同じ趣味を持った友人が出来ていた。 「じゃあ、又明日ね。」 土曜日の午後、今日はもう授業が無い。私は大学の門で皆と別れた。 小春日和。あおぞら。快晴。 気持ちいい陽気に私は、家路の途中カフェに寄る事を思いついた。 ここのお店にはまだ入った事は無かった。今日が初体験。美しい扉は日差しが反射していた。 「いらっしゃいませ。1名様ですか?窓際のお席が御座いますが、そちらにご案内して宜しいでしょうか?」 丁寧な接客。気持ちが弾んだ。 「お願いします。」 目立たない通りに面した店とは思えない程、いい感じ。店内は外観より少し落ち着いた雰囲気でモダンとレトロが融合した様なインテリアが、 私好みで心くすぐる。 「こちらのお席になります。当店のメニューになっております。お決まりの頃伺わせて頂きます。ごゆっくりどうぞ。」 案内されたのは、通りが見える店内角の位置のテラス席。私の他にはニ、三組の客が居たが、程よく空間が保たれた場所だった。 開いている一方の席にコートをかけて、渡されたメニューに目を通す。 メニューには店オリジナルの、ランチやスウィ―ツが可愛らしい名前を付けていた。 「お決まりでしょうか?」 「この、キューブランチをお願いします。」 頼んだのは、ポップなプレートに色々な物が四角くカットされ盛られているランチメニュー。 「セットにお付けするお飲み物はお決まりですか?」 「カフェオレで。」 「かしこまりました。メニューをお下げ致します。少々お待ち下さいませ。」 オーダーを取り、立ち去るスタッフを目で追いながら、もう一度ぐるりと店内を見渡して思った。 私は俄然、このお店が気に入った。良いお店。毎日でも来てしまいそうだった。 暖かいテラス席。幸せ感で、いっぱい。溜め息。素晴らしい日々。いい匂い。 「お待たせいたしました。以上でご注文のお品はお揃いですか?」 空いていたおかげで、予想より早く食事が運ばれてきた。 先に出ていたカフェオレのカップをテーブルに戻す。 「はい。」 「ごゆっくりお召し上がり下さいませ。」 テーブルに置かれたランチは、メニューで見るより遥かに美味しそうだった。 いただきます!心で呟いてスプーンを持った時だった。 「いらっしゃいませ。4名様ですか?」 入口の方で何やら騒がしく、新しく来店してきた団体の声が聞こえてきた。 「なぁ!だろ?行かない?」 「や、どうしよう…」 「うん、…。今日は…。あ。お願いします。」 声の主は全員、男のものだった。この席からは丁度視角で姿は見えない。 お店の中が賑やかになり、それまでの空気感が若干変わった。 「…で、?」 「とりあえず、ちょっと、待って。」 「お前達、さっきから何の相談…?」 どうやら同じ大学生らしい感じで、この店は常連の様だ。この辺には他に大学は無いので、たぶん同じ大学の・・・上級生だろうか? 店内をスタッフが慣れた様に横切る。 その時、私の目に飛び込んできたのは、見た事も無い位に美しい、美男子達だった。その集団の真ん中には1人の女性がいた。 話し声だけではわからなかったが、中央には一際美しく、憂いを帯びた雰囲気の無口な美女が居た。 ぎょっとした。あんまりの綺麗さに。 この世界の理を無視している?と感じる位、異質な光景。世の中には、凄い事があるんだぁ。奇跡の人達みたいだ。 すごい、すごい!こんなに完璧な事って見た事無い。芸能人の塊か?芸能人、見た事無いけど。 「こちらのお席で宜しいですか?」 その塊は、店内の角の席に案内されていた。あんまりにもジッと見惚れていた事に気付いて、私は口に運ぶ途中だったスプーンを動かした。 もはや味もわかるかどうか、一口ほうばる。 「いつもの席…。」 興奮していた私の背後で、又もあの集団の中から興味引く言葉が聞こえて振り向いてしまった。 「?」 口をもごつかせて降り返った私に指が差されていた。そして目が合う。 「いつもの…席。」 掠れたその声は、集団の中央いてうつむいていた、あの美女からだった。 …、え?…え?…ここ? 少女は明らかに、私に目を合わせてそう呟いた。指はまだ差されている。 その言葉に、スタッフも明らかに動揺していた。こちらを見ているが言葉が出ない。 "いつもの席"と言うのは、事実なのだろう。事が私に関係してきた事で、私も焦る。 「…お、お客様っ、でしたらあちらの席にご案内させて頂きますが?」 スタッフが指したのは、丁度私が居る場所の反対、もう一角のテラス席だった。 「…あ、いいです。あそこで。」 「…。」 「よ、宜しかったでしょうか?」 「うん、いいよ。…お願いします。」 一緒にいた男の一人が流れを取り仕切り、彼女を納得させる。淡々と穏やかに事を収める彼は、集団のまとめ役の様に見える。 手を下ろした美女に、スタッフはほっとした様に伺って案内をした。こちらに向かってくる集団は、又、何事も無かった様に 思い思いの話しを始めていたが、彼女だけは納得いかな気な表情をしていた。もう目は合わない。 広いとは言えないテラスには、その四人の団体が加わり、空気を密な物に変えていた。 私に気まずさもあったが、それからは何事も無く、集団の間で注文などが行われ気も落ち着いた。 やっと食事に集中しかけた頃、私とその集団とを隔たる様に先に席に居た、テラス中央の客が食事も終わり席を立った。 丁度そこの席の客が、集団と私の間の視界を割っていたので、ぽっかりと開いた空間は、私に再びあの集団を映させた。 そして私は、またぎょっとする。 「ありがとうございます。伝票をお預かり致します。」 カウンター辺りでは、今立ち去った客の会計のやり取りが聞こえていた。 しかし私はある一点に目を合わせて動けずにいた。あの美女だった。 ふっと移した視界の先に、あの少女がじっとこちらを見ていた。まるでずっと見ていたかの様に。 そして目が合ったまま、反らすタイミングを失ってしまった。 周りの男達は食事を進めながら、話しに花を咲かせて気付いていない様子だった。 只一人、彼女だけが静かにカップを口元へ持ったまま、目だけこちらに合わせて虚ろだった。 「だろ?ここ出たら行かない?」 食事を摂りながらも、しきりに話しを弾ませている明るい感じの男が言った。 「うん、そうだね。ありかもしれないね。僕は行ってもいいよ。…織苑は?」 そう答えたのは、落ち着いた物腰の男だった。彼は目線を合わせずに、もう一人に会話を振る。 「…椎名次第だな。」 "織苑"と呼ばれた彼は、先ほどの事を収めた男だった。そして彼は彼女に視線を移す。 会話が彼女に指名された。私はタイミングを見逃さずに目を背けた。すると突然に聞こえた続きの会話は妙な物になった。 「…帰る。」 がたん。大きな音を立てて椅子が鳴った。はっとした空気が私を又そちらへ向けた。 見れば彼女は立ち上がってコートのポケットから財布を取り出し、お金をカップの下へ置いていた。 ブーツの踵を派手に鳴らし踵を返すと、そのまま振り向かず何も聞かずで、真っ直ぐ店から立ち去った。 彼女の居た席には、空間が異様な雰囲気で出来あがっていた。 「……。」 「…椎名の奴、急にどうしたんだ?」 「…?さっき迄は普通だったけれどね…。」 その言葉に私は思った。もしかして、この席…?その時、続きを言う様に男が言った。 「あ!あん時?ほら、いつもの席!」 「…コホン!」 それ迄、只黙って聞いていたもう一人の男が、咳払いをして二人の会話を睨んだ。 二人はこっちを見て直ぐに、はっとして席にかけ直した。咳をした男と目が合う。"織苑"と呼ばれていた男だ。 そして私も気まずくなり、目を反らした。 食事はすっかり冷めていた。そして何だか食べる気力も無くなった。飲みかけのカフェオレも、すっかり氷が溶けて薄くなっている。 折角、いい感じのカフェなのに、始めての思い出は嫌な物になっていた。 結論。美人は何してもいいんだ。 そんな感じだった。 私は席を立った。次来たら、もうテラスには座らない様にしよう。そう思いながら。 「ありがとうございました。伝票をお預かり致します。」 手元から伝票を渡した時だった。 「…、ねぇ君?」 声をかけてきたのは、あの"織苑"とか言う男だった。近くで見ると、その美貌に拍車がかかる。 驚いて私は固まった。彼からはムスクの大人びた香りが仄かに感じられる。 「突然驚かせて悪い。君に…嫌な気持ちをさせた様で迷惑かけたね。こんな事で悪いけど、お詫びをさせてくれない?」 そう言って、彼はスタッフに財布から現金を渡す。それを見て私は更に驚いた。 「こ、困ります!別に初めて会った人にそんな事してもらう筋合い無いです!」 「や、いいから。店員さん、そこから取って。」 動じずに彼は、穏やかに微笑む。 「ホントに困ります!それに私、嫌な思いなんて感じてないですから!」 慌てて私は嘘を吐いた。私と男のやり取りに、スタッフも困惑してどうすることも出来ない。 「…うーん…。…そうだね。お詫びなのにもっと困らせたら意味ないね。じゃぁ、これだけ。拾ったと思って受け取ってくれない?」 そう言って男が私に広げて出した掌には、四百円程度の小銭だった。 「…いいえ、ホント結構ですから。…。」 「頼むよ。はい、これ。…それはね、さっき出てった奴のお釣りだから、気にしないでいいよ。じゃ。」 そう無理矢理言って、スタッフにさっきのお金と交換に手渡すと、素早く奥へ戻って行った。 「あ!…。」 「お会計で宜しいですか…?」 スタッフも苦笑いで問いかけてきた。顔が赤くなる。仕方なく、私は会計を頼んだ。 「あ、はい…。すみません。」 「当店の方もご迷惑おかけしましたので、お食事代から10%引かさせて頂きます、お会計が1.080円になります。先にお預かりした分を引きまして、 660円になります。1.000円のお預かりで宜しいですか?お預かり致します。」 お釣りを受け取ると、私はそのまま店を出た。掌の中の小銭を眺めながら。 「ありがとう御座いました。またお待ちしております。」 両の手をコートのポケットに突っ込んで、私は溜め息を吐いた。 私は部屋へ帰るべく歩きだした。店を横切る時、テラスの彼等が視界に入った。 "織苑"は私に気付き、軽く手を振っていた。はっとして、又顔が火照り、私は慌てて会釈をして店の前を通り過ぎた。 それにしても、色男揃いで外からも目立つ塊だ。ああいう人達はいつも、周りから注目を浴びているんだろうな、と思った。 私には考えられないな。 人並みが一番。それが大人になって感じた偉大さの一つ。そんな性格の私には、想像も出来ない感じなんだろう。少なからず、私にも偏見はあるし。 彼等みたいな人は、目立つ故に結構わがままというか、傍若無人的な所が多いかと思っていた。 しかし、今日の"織苑"の様に、他人に気を使う人もちゃんと居た。 それよりか、そこ等辺に存在する、私の様ないわゆる平凡な人間よりかずっと、出来た感じですらあった。偏見は良くないな。彼女の事はさておき。 …あの娘は凄いな。美人ってあんなもんかな。知る限り見た分には想像通りだった。 あれでお金持ちで、頭が良かったらもっと色んな意味で凄いな。そうだったら、ちょっと位の性格の悪さなんて気にならないかもしれない。 でも、友達には無理だろうな、多分。違い過ぎて合わなさそう。ま、知り合うきっかけも多分もう無いから、どのみちありえないか。 そんな事をだらだら考えながら、私は家路を歩いて行った。
Next,