熱帯飼育。
完結済。
13.夜の影。 「んーっっっっ!?」 すっかり日が落ちて暗くなってしまった人気の無い校舎の脇、そこの温室に静かに僕の呻き声が洩れた。 「!!お、おい!何してんだ!?」 僕の口元には、力一杯布が当てがわれ振りほどく事も、まして声を上げる事も不可能だった。 僕はあの後、温室へ来ていた。 温室に辿り着くと意外にも、あの謎の苦しみが和らぎ穏やかになった。やっぱり、蘭のせいじゃ無かったのかも…等と 少しほっとして、理科室から洩れる微かな明かりを頼りに、入口に置きっぱなしになっていた水をあげ始めていた・・・ その矢先に今起こっている状況に至る…。 「しー…、静かにしたらどうなんですか、貴方達は…。特に後藤君…、大事なお友達が日向様に見つかってしまったら どうするんです…?あの方は直ぐ真上にいらっしゃると言うのに…。」 声の主、一人は後藤君で…僕を押さえているもう一人の方は、多分さっき後藤君と一緒に居た眼鏡の人だろう…。 何故僕がこんな目に…?今日という日がこんなにも呪われていた事に、今頃になって気付いた自分が情けない。 「だ、だからっておまえ!湊に何してんだよっ!?どういうつもりだっ!?早く放せっ!!」 後藤君がもめている…。が僕の意識は限界だった。 どうにも立っている事さえもう無理な程に、目の前の景色が揺らぐのを感じた。地面に触れている足に力が入らない。 押し付けられた布の香りが…揺らぐ…揺らぐ…。 そうして僕は今日、二度も意識を失う経験をする事となった。 「み、湊っ!?」 「おやおやおや…。放さなくても、もういいみたいですね…。さ、重いんですから運ぶのを手伝って下さい?」 僕の口元から、やっと布を離すと松元さんは平然として後藤君の協力を仰いだ。 しかし後藤君は納得いっていなかった。松元さんを掴むと、荒々しく自分の方へ引き寄せ尋ねた。 「アンタ、湊に何したんだ…!?なんなんだよ!どうする気なんだ!騙したのか!っ?」 松元さんは掴まれた制服を引き戻し、その手を解いた。 手元に持っていたハンカチをしまいながら小声で答える。 「…静かにしなさいと言っているのに、物分りの悪い…。クロロホルムですよ…。ここで騒がれて、日向様に守山君を 発見されでもしては元も巧も無いですからね。穏便に事を運ぶ為に仕方なくした迄の事です。まずは、彼を安全な場所へ匿いましょう…。 さぁて、納得いきましたか?凡才の…後藤君?」 「!なっ!だからって、そんな事しなくても、ちゃんと説明すればそれで済む筈だろっ!?」 負けじとこちらも小声を張り、異議を唱えたが、そんな事はもう遅過ぎた話だった。 「…それもそうですね…。流石に行き過ぎたかもしれません、次にあったら善処致します。ですがここで説明する時間も無かったですし、 しかも、彼は既にこんな状態ですから…。とにかく今は、早く安全な所に彼を移動させましょう。」 その言葉にあまり反省の色は見受けられなかったが、こうなってしまった以上それも仕方の無い事だった。 「…。安全なって…何処に?」 「…音楽室がいいでしょう…。あそこなら万が一、彼が混乱して騒いでも防音ですし…。」 そうして、また僕の知らない所で運命は動き始めていた。 僕は落ちた意識の中で訳も分からずに、只…いっそこのまま、目が醒めずに明日には全て元通りになっててくれればいいのに・・・ と願わずにはいられなかった。
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