熱帯飼育。
完結済。
5.蘭の紛失事件。 「ところで湊、蘭は咲いた?」 「ううん、まだ。けど、もう少しで咲きそうだよ。」 「マジで?凄いじゃないの!咲いたら見せてっ?」 「あはは!い〜よ〜。…?あれ?」 二人で話ながら、温室迄戻って来てみると、きちんと閉じたと思っていた温室のドアが全開になっていた。 「ちゃんと閉めてなかったのかなあ…?」 ジョウロを入口に置き、開け放たれた温室の中に入ると、僕は直ぐにその異変に気付いて、青くなった。 入口で急に立ち止まる僕を不信に思い、後藤君は中の様子を覗く様に首をドアに入れ声をかけた。 「どうした、湊…?」 「…ない…。」 「え?」 「無くなってる…!蘭が!!」 そこに在るべき筈の蘭が、こつ然とその姿を消していたのだった。 僕は、なかばパニックになりながらも、後藤君に言われるがまま、共に職員室へ駆け込んだ。 職員室には、珍しく先程迄理科室に居た筈の日向先生の姿があった。 何やら書類らしき物を片手にPCをいじっている。 「お前ら!何だ!慌ただしく入ってきて!」 入口で直ぐに、担任の金森先生に怒鳴られた。けれど僕は蘭の事で頭が一杯で、そんな事は頭に入らなかった。 「先生!温室から、湊の…園芸部の蘭の鉢植えが盗まれたんです!」 後藤君が先生にそう言うと、ぎょっと驚いた表情を見せたが直ぐに辺りを気にした様に、小声で聞き返してきた。 「盗っ!?…物騒な事を言うな!…ちゃんと確かめたのか、守山?」 声をひそめて尋ねてくる先生に僕は、もしかしたらどこかにあるかもしれないという思いを、消さざるえなかった。 「…はい。」 「うーん…、本当にそうゆう事だとすると、 届け出を出さないといかんぞ…。くまなく捜したんだな…?」 更に念を押す様に聞き返す先生に、後藤君は声を荒げて答え返した。 もしかしたら、僕が泣きそうな顔をしていたのかもしれない。 「先生!捜せる所は全部見て、それでも無かったから来たんです!先生は鉢植えがひとりで何処かへ行ったとでも思ったんですか!?」 後藤君の声に職員室内は一斉にこちらを見た。 只、その時、職員室から出ようとしていた日向先生を除いて…。 すれ違い際、僕らの方を見て一瞬笑っていた様に見えたが、後藤君はその事に気付いていない。気のせい…? 「しーっ!!分かったから、落ち着け!!」 先生は焦って後藤君をなだめつかせていた。 その時、日向先生と入れ違いに職員室に入ってきた先生に、声をかけられた。 「どうしたんですか、金森先生。外まで聞こえてましたけど?」 そう言って僕らを見渡したその先生は、若い知らない先生だった。 「いやぁ、中川先生。何、こいつらが蘭の鉢を無くしたって騒いでまして…。大した事では無いんですがね。」 その言葉に、後藤君はぎろっと金森先生の事を睨んだ。 「…鉢…ですか?…それならさっき見かけましたよ。蘭かどうかは判りませんが…。」 あっさりとそう答えた中川先生の言葉を聞いて、金森先生は後藤君の方を見てほら見ろという顔をした。 「あっあの、それは何処で…?」 そんなやり取りを他所に、僕は中川先生に蘭を何処で見かけたのか慌てて尋ねた。 「ん?あぁ、あれは確か…3−Cの、松元…紀壱だったかな?持って理科室へ入って行ったけど…。」 その言葉を聞いて、後藤君はやっぱりと言う様な声をあげた。 「そいつが温室から盗んだんだ!…先生、やっぱり…あ!湊っ!?」 僕は後藤君の言葉の続きを聞かず、夢中で職員室を飛び出した。 「守山!!…ったく。…後藤、どう言う事なんだ。説明しろ!」 金森先生に捕まった後藤君は困っていたに違いない…。ごめんね…。 けれど、理科室って言葉を聞いた瞬間、何だか嫌な胸騒ぎがしてどうしょうも無くって、気が付いたら走り出していたんだ。 本当に、いつも迷惑ばかりかけて、ごめんね。 そうして、僕のこの行動が後に取り返しのつかない事態を引き起こす事になるなんて…。 けれどこれは、更なる悲劇の序章に過ぎなかった。 そんな事に気付かない僕は、一人、理科室へ急いだ。
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