熱帯飼育。
完結済。
3.一年前、一年後…。 水を汲みに温室から出る所で、僕はその動きを止めた。顔にちかりと眩しい光が当たったからだ。 その光はどうやらあの二階にある理科室からの様だった。 見上げると、窓にはまるでこちらを監視するかの様な表情の、科学教師・日向 総一朗が隙間から僕を見ていた。 …僕は…実を言うと、あの人があまり得意では無かった。 いつも何を考えているのかさっぱり判らなかったし、理科室で何やら妖しい実験をしているとか言う噂もあって、 生徒達は皆、怖がってあまり関わり合わない様にしている程だった。 それより何よりもあの冷たい眼…。 忘れもしない、あれは僕が園芸部を始めた日…。温室に来た時の事だった…。 その頃僕は、死んだじいちゃんの知り合いだった、ここの学院長にお願いをして温室を使わせてもらえる事になり、 少なからず僕は、はしゃいでいたんだ。 けれどその温室は、何年もほったらかしにされていて、とても無残な物だった。 でも僕は、一人で何でもするって決めたんだから、頑張って温室を直す事にした。 「…!よし!やるぞっ!!」 手始めにまずは、そこらに乱雑に散らばっていたガラクタ達を片付けようと意気込んだ、まさにその時だった。 「其処で何をしている…。」 背筋に冷水を浴びせられた様な、冷たい声に身も心も縮んだ。 その虚無の声の主は、白衣を着た冷たい瞳の男だった。 「あ、の…僕、学院長に許可をもらって…今日か…」 動揺しながらも説明する僕の言葉は、いとも容易く切り捨てられた。 「学院長…?」 「…?…はい…。」 僕が返事をするかしないかで、その人はあっという間に去って行った。 今思えば、あれが日向先生との出会いだった…。 日向先生は、まだこちらを見ていた。 僕は窓に向かって儀礼的に一礼をした。…が、無視されてしまった。 揺れるカーテンの中に日向先生の姿は消え、もう見えない。 この一年、僕が温室に来る度に、あの人のこんな反応にはもう慣れてしまった。 気にも留めず、僕は水を汲みに行く事にした。
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