熱帯飼育。
完結済。
14.音楽室でトリップ。 「…今、何時だ…?」 「…君はせっかちですね…。まだですよ。…しかし、あと一時間位で薬が切れる時刻ですから…禁断症状でそろそろ 目も覚めるでしょう…。万が一暴れる事もあるかもしれませんから、油断しないように…。」 「っ!?禁断症状なんか聞いてないぞっ!!」 「…そうですか?言いませんでしたか…?大丈夫ですよ、ほんの数分痙攣する程で死にませんから。ははは。」 暗く静かなその部屋で、自分の事なのにも関わらず眠り続ける僕をよそに、形容しがたい奇妙な緊張感だけが高まっていった。 窓の外は気味の悪い月明かりが、うっすらと部屋を照らしている。 そんな中、僕は一人落ちた意識とも夢ともつかない思考の中で苦しみに耐えていた。 火照り出した体は自由がきかずに、どろどろと沼にはまっていく様な息苦しさに襲われて恐怖に苛まれた。 口の中は既にカラカラに乾き、声を上げる事すら血を吐くかの様に痛み、助けを乞う事も出来ず、ひたすら思う事とは何故かやはり …日向先生の事だった。 今の僕をここから救い出してくれるのは、日向先生しか居ない様に思えた…。 どんな虚勢を張ったって意味も無い…。正直に白状すれば、只恋しくて堪らないだけだった。 そう、認めれば認める程に恋しさは募り、尚苦しさも増していった…。 …もう、息…出来ない…。 「!!」 目が覚めた。…。ここは…?音楽…室? ぼんやりと歴代の著名な作曲かの絵が並んでいる。硬いタイルには汗が染み出て背中がひんやりとする。 今の体には心地の良い冷たさだった。僕の体は紐で拘束されていて、関節のあちこちが痛み、自由は目覚めても奪われたままだった。 「っはぁ!!」 その時、今までには無かった鼓動の激しい衝撃に声が洩れた。息も途絶え途絶え、意識が混濁する不快感に吐き気を覚え、 体の端から端へと痺れていく。指先の感覚など既に無い。 「!…気付いた様ですね!」 「!!み、湊っ!?大丈夫か!?苦しいのかっ!?…しっかりしろっ!!」 僕のまわりでは、意識の戻った僕に気付き、二人が何やらしきりに話している様だったが、僕は苦しみにもうろうとして、 全然頭に入ってこなかった。 「お、おい、湊っ!!しっかりしろっ!!…松元サン!本当に大丈夫なのかよ!?こんなに汗出て…苦しそうじゃねーか!!」 「…煩い。慌てるんじゃありません…薬の影響で少し辛いだけで、数分でじきに収まります。ご説明済みでしょうが。」 また、激しい衝動が起きた。 現実か、幻か…もう区別のつかない僕の思考する余力を容赦無く奪っていった。 只、僕の意識とは裏腹にこの体だけが日向先生を求めては熱くなり、脈打つ鼓動を早めては又、更に日向先生の事を求めさせていった。 「…あっ、あぁ!…たすけ…あっ!!…ひゅ…が先、生ぇ…!!」 悶え苦しむ僕の顔を、松元さんはきつく掴むと汚い物でも見たか様に、瞳を細めて囁いた。 「…くっ、守山君…貴方の愛しい方はいませんよ…。せいぜい苦しみ…そして忘れなさい…くっく…」 その囁きを後藤君は聞き漏らさなかった。 松元さんの豹変に血相を変えて食い付いた。 「!!アンタ…!?今の意味どうゆう事だ!!一体、何考えて…っ!?」 その様子をさも可笑しそうに笑って、松元さんは僕から手を離し言った。 「…騒ぐな…。もう、遅い…。くっくく…、苦しいですか…?守山くん?本当はこんなに苦しまなくても、理科室には解毒薬が あったのですが…。くくくっ…彼には是非、報いを受けて戴きたくってねぇ…日向様の御心を乱した償いを…!! …はっはっは…っ!!まだしばらく続きますよ…苦しいですよ…その罪は!!」 にわかに信じがたいその裏切りに、後藤君は愕然とした。 宙を泳ぐ後藤君の瞳には、尚も激しく苦しみ続ける僕の姿が映っていた。 そんな彼の思いには何とかして、僕を救う事ばかりが頭を支配し怒りを薄れさせていた。 「…っ!見てらんねぇ!!っ…今からでも間に合うかもしれねぇっ!薬は理科室にあるんだろっ!?取ってくるっ!!」 後藤君は悪夢の様な、この光景から目を背けて叫んだ。 重い音楽室の扉に手をかける。 「!?な、何をする!!止め給え!!」 薄れ行く意識の中で、二人がもみ合う姿が見えた。 けれど、僕にはもう限界だった。ゆっくりと、その身に起こっている事に全て任せ瞼を閉じた。 苦しい…息が詰まる…いっそこのまま…死んでもいい…。そしたらこの苦しみから救われるのかな…。 そしたら僕は…日向先生を求めなくなれるのかな…。胸が締め付けられる…会いたい…。 …それとも、死んでも…日向先生の事を思うのかな…? …あぁ、賛美歌が聞こえる…。僕本当に死ぬの? こんな気持ちにまま死ぬなんて…まるでシェイクスピアのお話みたいだ…。 …愛しい…。 「…っ…ひゅ…が…」 もう…何も考えられ…な、い…。 意識を失う瞬間、瞼にうっすらと日向先生の姿を見た気がした。 が、すぐに僕は力を失い、その時僕の耳には誰かの叫び声だけが残った。 …後は只、何も無い暗闇の中へと引きずり込まれていた…。
Next,